PAGE TOP ↑

柔道1

柔道2
柔道4 柔道5

eJudoとは?情報募集・お問い合わせサイトマップ

【eJudo's EYE】「ビゼール会見」で日本が失ったもの

(2013年7月12日)


※eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版7月10日掲載記事より転載しています。

ドコモ版QRコード KDDI版QRコード
 docomo版QRコード    au版QRコード


【eJudo's EYE】「ビゼール会見」で日本が失ったもの

13senbatsu_48_2.jpg
写真:6月10日、突如来日したビゼール
IJF会長は上村春樹全柔連会長
を伴って記者会見に臨む
少々前の話になるが、新聞、テレビ等で大きく報道されたのでほとんどの方がはっきりご記憶のことと思う。

上村春樹全日本柔道連盟の進退に関する「決断」が下されると見込まれる理事会を前に、マリアス・ビゼール国際柔道連盟(IJF)会長が突如来日、理事会を翌日に控えた6月10日に上村会長とともに記者会見を開催し「上村会長を応援するために来た」「上村氏はクリーンで立派な人物」「続投を100%支持する」とぶちあげたあの露骨なまでの応援演説のことだ。

日本の一般世論が6月の理事会、つまりは差し迫った翌日の辞任表明を後押しする中にあって、IJFへの一連の不祥事に関する最終報告提出期限を4ヶ月先の10月15日に設定し、さらに自身が再任確実なIJF会長選を8月に控える中でIJF理事に上村氏を引き続き指名することを明言という2つの「お土産」つき。ビゼール氏は5月に行われたスポーツアコード会長選挙に勝利したばかりで、席上なかば認めたとおり、はるばるロシアまで応援に駆けつけた上村氏に対する見返りとも言える「延命会見」だった。

言いたいことがあれば自分で場を作るのがスポーツ政治。その行動に賛否も好き嫌いも当然あろうが、ここではビゼール氏のやり方自体を批判するつもりはまったくない。

IJF会長に自身の応援演説をさせた(もしくは「許した」)上村氏の、去就に関わる判断の是非を問うものでもない。

ただ、上村氏個人の、報道されたそのままの言葉を借りれば「延命」を目的としてこの会見が行われたのであれば、その収支は圧倒的にビゼール氏が優位、日本(全柔連ではない)にとってはまったく割が合わないものであったということはここで指摘しておきたい。日本が失ったものは大きく、一方ビゼールが得たものは決して小さくない。

ビゼールが得たもの。そのひとつは、あらためて全柔連が完全に「ビゼール派」であることをIJF加盟国に強く印象付けたということだ。IJFは決して一枚岩ではないし、理事の半数を指名理事とするというようなあからさまな独裁体制をすべての国が良しとしているわけでもない。そもそも日本にしてからがもともとはビゼール派だったわけではなく、前回(07年)の会長選では前会長のパク・ヨンソン氏を支持してビゼール一派と対決していた経緯がある。この選挙はパク氏が任期を残したまま突然辞任するという衝撃的な形でビゼール氏が勝利、同時にコーチング理事に立候補していた山下泰裕氏がビゼール派のメリジャ氏(アルジェリア)に大差で敗れ、同年のアジア会長選では佐藤宣践氏がビゼール氏が推すオベイド・アル・アンジ氏(クウエート)に同じく大敗している。

この際、「負けた」はずの日本から上村氏がビゼール体制の新理事に指名されて日本は生き残った形となったが、山口香氏が著書「日本柔道の論点」で指摘しているように、重要なのは世界がこのとき日本をどう見たかである。引用させて頂くと「『日本はパク会長派としてビゼールと対立しているように装っていたが、終わってみれば日本だけは生き残った、日本は信用できない』と思った国もあっただろう。上村氏がビゼール体制での理事に入ったことは、日本にとってはメリットがあったが、ともに闘った仲間の国々の信頼を失ったデメリットもまた大きい」。
それらの国々が、今回あらためて全日本柔道連盟とビゼール氏が示した明らかに特別な関係をどう捉えるか。精神的にも技術的にも世界の尊敬を集め連盟に人もお金も落としてくれる柔道大国日本はビゼール支持の最右翼、という構図は完全に固定され、現在の独裁体制に「弓を引く」勢力はもう日本を味方と考えることはほとんどないだろう。なんのかんので日本の支持なくして柔道ビジネスは成り立たず、そしてその日本はいまや完全に現体制派。ビゼール氏はこの会見でその圧倒的独裁の背景をますます強固なものとしたのだ。

そして、一般メディアはもちろんこの点あまり話題にしていないが、われわれ柔道人にとって大きいのは、上村氏が世界中の尊敬を集めうる「講道館」という家元組織、最高権威の長を務めているという事実である。ビゼールは、この会見で理屈上唯一IJFに対抗しうる機関である講道館を、手中、もしくはその風下にあることを示すことに成功したと言って良い。

2012年12月掲載のコラム「日本人に贈る、新ルールを迎える態度と考え方の提言」で書かせて頂いた通り、講道館は競技団体という序列の埒外に存在して尊敬を集めうる唯一の機関として「競技」という枠を超えた柔道全体の叡智を司るべき、というのがeJudoが提唱するあるべき講道館の姿だ。プロセスはどうあれ、おそらく終着点としてのこの講道館像を否定する日本人はほとんどいないだろう。

その観点からすれば、講道館長が、自身が兼任する競技団体の長という立場を守るために個人的にビゼール氏の力を借りたという意味は非常に重い。講道館館長もビゼールのいわば「子分」。今回示されたこの構図のもとで「講道館は、競技をも包含した『柔道』全体を司る家元」と訴えたところで世界のいったい誰がこの立場を受け入れてくれるというのか。ロジック的には、全柔連会長という単なる競技団体の長、場合によっては柔道出身者でない人間が務めても差し支えないという意見すらある単なるポストを守るために、講道館というすべての柔道家の精神的な寄る辺、日本が誇る切り札を「売り渡した」(あくまでロジック上のことであるが)と言われても仕方がないのでないか。

全日本柔道連盟会長としての上村氏の一連の問題の対応には大いに問題があると考えられるし、その責任は当然問われるべきであろう。しかしそのこととは別に、筆者は、講道館長として氏が下した判断、たとえば2010年に為された「講道館試合審判規定は改定せずに保留、戻るべき雛形として残す」という判断は歴史的な英断と評価するし、「将来IJFが行き詰まったときのためにも、講道館によるあるべき競技ルール案を作る」(いまだにそのリリースがないのは全く持って残念であるが)というプロジェクトを肝いりで設置したその見識の高さも素晴らしいものと思う。仮に全柔連の会長を退くことがあったとしても、講道館長として柔道界をリードしていくことにはあくまで別の評価を下すという道が当然あるべきだと考えていた。

しかるに、講道館の国際的な立場の独立独歩を自ら否定してしまったこの会見はまことに残念と評するしかない。全柔連と講道館という、そもそも性格と存在意義を仕分けるべき二団体の長を一人の人物が兼ねていることの弊害は多くの識者に指摘されてきたことだが、あっさりIJFに垣根を踏み越えられたこの会見はその最たるものと評されるべきだろう。競技団体としてはIJFの下流に立つ日本、その中でかろうじて残されていた「家元」としての尊厳はあまりに簡単に踏みにじられた。

そして、一方、上村氏が得たものは何か。このビゼール会見が日本の国内世論に及ぼしたポジティブな影響はゼロであった。メディアは当然ながら反発し好意的な記事は皆無、一般に向けたTV報道も明らかに「ここまでしてしがみつくのか」というネガティブな反応をリードするべく構成されたものばかりであった
では柔道界に対する影響はどうか。もともと理事会は上村支持でガッチリ固まっているのでこのパフォーマンスによる票の増減はなく、高齢者がひしめく地方評議員たちはそもそも国際感覚に乏しい人材がほとんどで少なくともこの会見を以ってそれまでの立場を翻した人間はゼロと断じてほぼ間違いないだろう。この会見は、率直に言って「あってもなくても同じ」ものであった。上村氏は、一般世論の強い反発と引き換えに、国際柔道界に「全柔連も講道館もまとめてビゼールに従属」という構図を示し、その支配の基盤を固めるという割りの合わない取引を強いられていたのである。

そしてもうひとつ。まことに情けないことだが、ビゼール氏が2020年の五輪招致レースにおいて「日本ではない国」を支持していることは、関係者の間では周知の事実なのだ。一方対抗馬のベルナール・ラパセ氏(フランス)は日本を支持する可能性が色濃く伝えられている人物で、東京五輪招致という観点では、スポーツアコードの会長はこちらであるべきだったとぼやく招致関係者も数多いと聞く。先日までJOCの理事でもあった上村氏は、はるばるロシアまで一体何をしに行っていたのか。

25日に行われた評議員会での上村氏の堂々たる態度、そして了徳寺健二氏の「挑戦」をその場で受けて立った計算と度胸は、少なくとも地方選出の一般評議員たちとは、論理平面の高さにおいても肝の太さにおいても役者が一枚も二枚も上という印象だった。

しかしその上村氏にして、この「取引」の収支を見る限りマリアス・ビゼールという怪物には全く敵わなかった、ひたすらしてやられたという構図がクッキリ見えたのがこの会見であった。

理屈的には講道館をも、「供物」としてビゼールに差し出したこの会見。ただただ残念、ひたすら残念と評するしかない。

文責:古田英毅


※eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版7月10日掲載記事より転載しています。

ドコモ版QRコード KDDI版QRコード
 docomo版QRコード    au版QRコード


→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る


supported by KAYAC 運営会社サイトポリシー  RSS copyright (c) 2005 ejudo all rights reserved.