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【eJudo's EYE】ロンドン五輪総評(2)男子日本代表総評・採点表

(2012年8月29日)


※eJudo携帯版「e柔道」8月16日掲載記事より転載・編集しています。

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【eJudo's EYE】ロンドン五輪総評(2)
男子日本代表総評・採点表


【選手総評】

五輪の柔道競技で日本代表を務めるという究極のミッションを成し遂げた選手、そして育て上げた指導者の方々のこれまでの労苦は想像にあまりある。

まず最初に、出場した全ての選手の努力と奮闘に心からの敬意を表したい。

さて五輪期間は「金メダルゼロ」という結果がクローズアップされていた男子代表であるが、柔道界の識者の評は「ほぼ順当」で固まっている。この評価はまことに正当。

五輪のシード順は過去の国際大会の成績を基準とする「ワールドランキング」によって決定されている。1月のワールドマスターズ以後大会に出場せず調整期に入った選手がいる一方、あくまでシード順位の駆け込み上昇を狙って国際大会の出場を続けた選手がいたというような細かい事情はあるが、この「ワールドランキング」、選手の階級内のニッチをほぼ正確に表したものだといっていい。
たとえば過去連続で世界選手権を制している60kg級のソビロフ(ウズベキスタン)や90kg級のイリアディス(ギリシャ)は国際大会でのアクシデント負けを経てももぶっちぎりの1位だし、世界選手権以外では年に2大会程度しかこなしていないリネール(フランス)はもちろんのこと、両世界選手権とも優勝を逃したが国際大会でコンスタントに勝ち続けてきたワン・キチュン(韓国)(この選手は欧州閉幕のGPデュッセルドルフに出てランキング1位獲得を志向したが)もしっかり1位を確保している。出場試合を絞っていたキム・ジェブン(韓国)のような例外もいるにはいるが、鉄板の優勝候補であればほぼ間違いなく第1シードを確保しているはずなのだ。

この点、男子代表には第1シードはゼロ。鉄板の優勝候補が1人もいない中で得たその結果は第2シードの平岡が銀メダル、第3シードの海老沼が銅メダル、第2シードの中矢が銀メダル、ランキング5位の中井が5位、第2シードの西山が銅メダル、シード圏外の上川が2回戦敗退と、100kg級の穴井(第3シード)を除けばこれ以上も以下もないという順行運転。まさしく妥当な成績だ。

北京五輪では金メダルを獲得した石井慧、内柴正人の2人以外はメダルに片手も届かなかったというあの惨状を思い出す限り、全体的な強化自体は進みつつあると評するのが妥当だろう。他がどれだけ負けても金2つのほうがいい、という意見ももちろんあろうが、そのプロセスや内容に一切眼を瞑って結果だけを判断すれば日本代表の強化は静かに上向きである、という観測が客観的な評になるはずだ。

ただしこれは同時に、金メダルに「届くかもしれないが届かないかもしれない」クオリティの選手たちにその結果を出すべき五輪の場でのつま先立ち、あと一歩の競技力を授けることができなかったということでもある。平均値の底上げは出来たが、唯一無二のチャンピオンを作り出すような質の強化、作戦ではなかったという世の評価もこれまた甘んじて受け入れねばならないはずだ。世界選手権で優勝している選手、ということは優勝するだけのポテンシャルのある選手を3人抱えて、どうしても勝たせたい一点突破の大会で1人も勝たせられなかったのだからこれは戦略、戦術、用兵という作戦面、頭脳の部分で他国に遅れをとったと言われても文句は言えまい。

そして当然、現行方針の強化の延長線上に金メダルはあるのか、それともやはりそこに超えられない質的な壁があったのかということを考えねばならない。可能性があるとされた5階級中ただの1人もこの壁を越えることができなかったといいう事実がある以上、この「あと一歩」の策のなさは根深いと敢えて厳しく考えて然るべきだ。強化サイドがこれを個々の選手のクオリティに任せておいては永遠に金メダル獲得というミッションはギャンブルであり続けるということになる。女子代表も含め、順行運転の上をいく「何か」に対する精査と対策が足りなかった、最後の最後の部分を選手の自主性(努力と才能)にゆだねたことが敗因だったと考えるのがあるべき姿勢だろう。最後に頼るのは個々の努力と才能、これはプロデュースする側の態度ではない。例えばプレッシャーに潰れたというのであれば「五輪で」「日本の」「柔道の」「代表を担う」という異常なプレッシャーに対するメンタルコントロールをチームとして行えていたかどうか、を問うべきだ。

あまりにも行き過ぎた相互研究による大会全体の手詰まり感、「死んだふり」で国際大会に出場していなかった選手や新顔選手の意外なまでの活躍、そして前回大会で金メダルを獲得した石井、内柴の2人が敷かれたレールを辿るタイプでなく「我が道を行く」タイプ、言ってしまえば勝手に練習して勝手に強くなるタイプであったことなど、単に「強くする」ではなく「五輪で勝つ」「優勝する」ための要素は何か。突き詰めて考えるべきテーマは多い。

【監督総評】

現代スポーツにおいて、メディアの対応、そしてその「使い方」の重要性はいまさら言うまでもない。メジャースポーツのヘッドコーチたちは自身の発言がメディアにどう取り上げられ、どう報道され、どう選手の耳に入るかを心得て、選手のモチベーションやチームの士気のコントロールにこれを利用する。

この五輪、初日に出動した平岡の成績は2位であった。銀メダル獲得という成績は、言ってしまえばどんな評価も可能な結果。よってチームの方向性をどう定めるかも監督の力量次第。五輪のためという大義名分を掲げて所属や選手の不満を押さえ込んだ過密スケジュールとスパルタ練習を敢行してきたというこれまでの経緯もあり、その唯一無二の場、総決算の場での篠原監督の最初の発言には多いに注目が集まった。篠原監督は、この五輪の長丁場、どうチームを導いていくのだろうか。

結果は「絶対勝つという気持ちを出し切れなかった。五輪はたった1回の油断で失敗に終わる。そこが1番になれないあいつの足りないところだ。」というそっけないコメント。唯一の連続出場者である苦労人・平岡はおそらくこれが最後の五輪。コメントが「効く」状況は揃っていたのにこれでは単なる関係者による試合評、悪い見方をすれば単なる選手批判である。

結果論になってしまうが、例えば、国民に自分の責任と謝罪し「平岡は頑張ったので責めないでほしい。次に出る選手が仇を取ってくれると思う。」とでも話し、これがメディアを通じて後に続く選手に聞こえたとしたら、これまでの篠原の厳しい態度との乗算で選手のメンタルに与える正方向の影響は相当に大きかったのではないか。一方逆に、意に沿わぬスパルタ練習に皆勤を要求されてコンディションを崩した選手がいたとして、この初日のコメントで「負けても監督は責任をかぶらない。自分だけが責められる」と思い込んでしまったとしたら、この後の試合に良い影響が出るわけがない。

敢えてメディアに対して厳しい選手評を吐き、チームに喝を入れるという手法ももちろんある。しかしこれは当然ながら選手へのアフターケアとセットであるべきだ。メディアに言うだけ言って、選手には声も掛けずホテルに帰ってしまったという篠原監督にはこれを志向したと弁解する資格はない。おそらくは金メダル獲得しか頭になく、悔しさで思わず出てしまったセリフを記者に拾われてしまったのだろう。篠原監督には、少なくともメディアを使ってチームと世論をコントロールするという意識はなかったと見る。
現場に乗り込んでからできることは決して多くはない。であるからこそここは、「できること」、監督云々ではなく全日本チームとして露出の仕方に気を遣って欲しかった。国内に漏れ伝わってくる現地の情報は少なく、であるからこそその影響は過剰だ。結果の不振も相まって、日本国内がネガティブな情報で溢れかえったのはご存知の通りだ。

五輪は長丁場である。そして、過去成績を残した大会ではチーム全体としての雰囲気が良かった、個人種目の柔道だがチームとして戦えていた、との評が必ず聞かれていた。メディアに選手批判を吐く一方で、チームへの手当てをせずにとっとと帰ってしまうこの態度には、チームとして7日間を戦うという意識もまた見られなかったと評されても致し方あるまい。メディア対応の拙さにより顕在化した、現場での一番の問題はここだ。4日目に出されたと噂される「緘口令」も事実であればメディア対応としては相当に拙く、かつチームの士気を上げたとは到底思えない。

柔道種目の金メダル獲得に対する社会の期待値はその実力に比して不当なまでに高く、日本ではその不振(実情は実力相応なのだが)に対して一般スポーツファンが沸騰し、その怒りの矛先を探すという毎日であった。
そして今度はその中で早々に報じられた「(監督は)2人とも五輪は初めてだし、もう一期やらせてもいいのではないか」という吉村和郎委員長の国内世論とはかなりの温度差のあるコメント、そして「進退は上に一任している」と自己評価を拒否した篠原監督の帰国会見。腹の中はどうあっても良いが発言のタイミング自体が最悪、もうすこし上手く立ち回ることが出来ないのかと呆れたのは評者だけではあるまい。今度はここに、監督個人ではなく組織自体のメディアに対する意識の薄さが露骨に出てしまった格好だ。

メディアに対する意識の低さが選手のモチベーションを削ぐ、どころかチームを壊しかねないということについてはすでに警告が為されていたはずだ。このチームは、あの日本柔道史に残る恥辱、5月13日に行われた、敗者を無理やり同席させて落選の瞬間の表情をテレビ中継させるという前代未聞の代表発表会見、勝者も敗者も、そしてすべての柔道関係者を憤らせたあの事件を経験しているはずだからだ。

代表、特に男子代表の強化プロセスについては検証したいこと、吐きたい意見が山ほどある。が、ここはミニマムに、現場指揮の拙さで噴出した篠原監督の「言葉力」のなさ、メディアという化け物に対する全日本チームの意識の低さ、そしてゆえに柔道が社会から浴びることとなった批判の集中砲火について指摘しておきたい。篠原監督が発した「言葉」の拙さとそこに透けて見える意識の意外なまでの低さに、全ての柔道人、そして国民が振り回された7日間だった。

【男子採点】

※eJudo編集部採点
※最低3.0点~最高7.0点。中間点は5.0点

平岡拓晃 6.0
実績に鑑みて銀メダルという内容は妥当。最後の最後で行かなくても良い場面で勝負してしまう悪い癖が出たが、これもまた「平岡らしさ」。平岡はこの勝負度胸ゆえに出世し、そして五輪の決勝という競技ヒエラルキーの最高峰に辿りつき、散った。実力は十分発揮したと評したい。完全燃焼だ。

海老沼匡 5.5
銅メダルは実力の最高到達点ではないが、レンジ内に収まる想定内の成績。メダル確保という最低限のミッションは果たした。しかしその一方、4度同じ技を掛けさせて嵌った準決勝は世界で頂点を極めた選手としては少々お粗末。相手に良い形で組ませ続けるという海老沼の柔道の構造欠陥が出た。少なくとも唯一無二の大会の戦い方ではなかったわけで、危機察知の「能力」ではなく「意識」の欠如と評すべきだろう。

中矢力 6.0
負傷した腕をさらに相手に極められながらも相手をひっくり返して抑え込みを狙った。当たり前だがあそこで「参った」しないのは試合をあきらめないから。あの時点でもまだ勝つつもりだったということだ。「銀」という成績とそのド根性ファイトは正当に評価されるべき。メダルの色は「銀」でも、評価されるべき2位とそうでない負けがある。平岡と中矢はまさしく完全燃焼、胸を張るべき内容だった。

中井貴裕 5.0
5位という成績は良くも悪くもハイレベル国際大会の中井の定位置に近く、その点しっかり仕事をしてきたとも言える。第1シードのギヘイロ殺しは相手の良いところを消しながら攻める中井スタイルの真骨頂だった。ただしここ1年の目を見張るような上積み、例えば12年ワールドマスターズのような奔放な柔道が展開されるには至らなかった。順行運転での、中井のポテンシャルの最大公約数の柔道での勝利。内容がそのまま結果に反映された形だ。

西山将士 5.5
イリアディス殺しを志向して送り込まれた刺客だが、結果はイリアディス、西山ともに陥落で銅メダル。そして世界大会に初参戦ということを勘案してもしなくても、3位という成績は西山の国際大会の成績としては飲み込める範囲。この人も、判定の不運などのディティールを超えて、国際大会でのあるべき成績の範囲内に収まったという形だ。

穴井隆将 3.0
勘案すべき事情の有無やクリパレクという相手選手の来歴、東京世界選手権では何もさせずに「指導3」で勝利しているというような経緯はさておき、この4年間穴井が参加してきたあらゆる国際大会、世界大会の中で今回の成績は最低。もっとも結果を残すべき試合で、自身のキャリアの中でもっとも悪い成績。これが評価すべき全てだろう。生真面目で責任感が強いがゆえの自壊と衆目は一致するが、この点、沸き起こるであろう前任者でライバルだった石井慧との比較はもはや酷に過ぎる印象。「五輪には努力だけでなく運が必要」との旨のコメントを発しているが、競技人生のピークが合わなかったという超マクロな視点以外に「運」の要素は見つけにくい。次の言葉が待たれる。


上川大樹 4.5 期待の「コインの表」はやっぱり出ず。そして本当に残念だが、2回戦敗退というこの成績は上川の近年の国際大会の出来のレンジ内、想定内の平均値だ。男子超級代表がメダルに絡まずにあっさり負けるという、本来史上に残る大事件であるべき出来事に対するメディアの扱いの小ささがこれを良く示している。
4年前の鈴木桂治敗退は意外なものであり社会的インパクトも大きかったが、今大会までに至る4年で、前回「意外」だった早期敗退が「当然」と受け入れられるところまで超級のレベル低下は日常化していた。結果はそのままに、ただ状況を受け入れる心の準備が国民に出来たというだけの4年間と総括されてもいたし方ない。
上川が果たしてこの先浮揚することはあるのか、今回代表1名をこの階級に送り込んだだけの経験値を日本チームは得ることができたのか。当たり前に出場して、当たり前に負けたというこの経緯をどう検証するのか。あまりにも騒がれない早期敗退の語る問題は根深い。

篠原信一 4.0
前述の通り、自身の発言がチーム、社会に与える影響をそもそも計算した跡がないとの謗りを受けても致し方ない初日の言動と行動、これは五輪種目のヘッドコーチとしてはあまりに稚拙だった。代表がコーチ、選手が一体として戦う「チーム」になっていないことも露呈させ、現場指揮はこの一事を持って低得点。

メダル獲得数から言えば強化自体は順調であったと評するべきだろうが、選手の平均値以上の成績を引き出せず、秘蔵っ子の穴井が早期敗退という事態の中、このミッションが「成功」と呼べるかどうかには賛否両論があるはず。

さらにもうひとつ。選手生命を危うくするような過密スケジュールと引き換えに得た、一定の成果、同時に1つも取れなかった金メダル。男子の場合は獲得メダル数だけでなく払った犠牲とその結果のバランスシート、「費用対効果」もその評価に入れるべきではないだろうか。

スパルタ練習と極端な過密スケジュール、浴びせかけられる罵声。壊れかけていた「チーム篠原」、批判の溢れかえっていた篠原式を正当化できるのは本来五輪の爆発的な結果のみだったはず。金メダルはないが前回よりはマシ、というこの成果で、果たして全柔連、所属、そしてファンは良しとするのかどうか。選手の競技人生全体から見て明らかに失った鍛錬期、所属に帰っても「まず休ませないと練習ができない」ほどの消耗、皆勤を要求されるがゆえの負傷の慢性化。選手、特にトップ選手という資源は無限ではない。これから沸き起こる「篠原ジャパン」評には単に獲得メダル数でなく、それが突っ込んだ資源に見合う成果であったかという視点を忘れてはならない。少なくとも次の五輪に臨む選手がポジティブに合宿に向かっていけるような、クレバーな評価を望みたい。



※eJudo携帯版「e柔道」8月16日掲載記事より転載・編集しています。

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