PAGE TOP ↑

柔道1

柔道2
柔道4 柔道5

eJudoとは?情報募集・お問い合わせサイトマップ

【eJudo's EYE】畳内外の2条件合わせて杉本の決勝敗退は必然・ロンドン五輪第6日、第7日評

(2012年8月4日)


※eJudo携帯版「e柔道」8月4日掲載記事より転載・編集しています。

ドコモ版QRコード KDDI版QRコード
 docomo版QRコード    au版QRコード



背負うものと純競技者としての目、
畳内外の2条件合わせて杉本の決勝敗退は必然



杉本は罰を食った。

多くの日本人選手が組ませてもらえず、自分の技を碌々仕掛けることすら出来ずに敗退していったことと比べるに、杉本のオルティス戦の状況ははるかにマシであった。比較的容易に一手目の引き手(それも袖だ。最高だ)を得ることが出来ていたし、オルティスは襟を狙う杉本の釣り手をカットしようと手を動かすもののその動きは刹那的で、技術がはっきり粗い。杉本は度々引き手で袖、釣り手で前襟もしくは横襟を掴むほぼ万全の形を得、オルティスは先に支釣込足、あるいは座り込みの左一本背負投で展開を切ってこれを逃れるという状況が続く。一方杉本は釣り手を振って内股、払腰と仕掛けるが返し技を狙うオルティスの前に危うく捲られかかりなんとか伏せて耐える。

ここまでは、試合をコントロールして投げを狙う杉本、これを嫌って先手で掛け潰れ、攻勢を偽装して拮抗を演出しながら返し技の一発に賭けるオルティスという非常によくある試合の構図。

試合の様相を決定づけたのは3分過ぎから3分42秒に至るシークエンス。杉本は引き手で相手の右袖、釣り手で左横襟を握る万全の形。

しかしここで杉本が、行かない。

正確に言うと杉本の組み手は「万全」ではなかった。引き手のグリップ位置が浅く袖口付近ギリギリ。おそらくは杉本が握る布の体積は僅少、指の引っかかりも完璧ではなかっただろう。
しかし大枠組み手が完成したこの場面が絶好のチャンスであったことは間違いない。それでも杉本は行かない。あくまで万全を求めて引き手をもう一握り深くしたかったのか、そうでないと怖くていけなかったのか、やはりそれとも単に返し技を恐れたのか。この場面にこれ以上良い組み手などありえないという意見も当然あろうし、技を仕掛けて展開を切ることよりも敢えて組み勝った状態を長く続けて攻勢の「指導」を狙ったのではないかという意見もあるだろう。もっとマクロに、トウブンでなない敵、勝利が現実的な相手に対して無意識に「負けたくない」気持ち、リスク回避の順行運転で結果を得ようとする心理が働いたのかもしれない。

しかしいずれにせよハッキリしているのはここで杉本が技を仕掛けなかったという事実。「必要なリスクを冒すべき場面でこれを採れない」今大会の日本代表を襲う病、踏んではいけない轍を杉本はあっさりと踏んだ。

全く同じ形のシークエンスが4分15秒から4分31秒にも現出、コントロール権の確保のみで優位を得ようとする杉本の散発傾向は延長戦に至るも修正できず。結果、フルタイム戦った末に下された旗の裁定は0-3。あれほど欲しいと公言していた金メダルをいともあっさりと失うこととなった。攻略可能な力関係の相手、そして攻撃できる状況。勝負の神にこれだけ条件を揃えて貰ったにも関わらずそれをスルー、明らかに「行かない」躊躇の罰を成績として食らった形だ。

「行かない」状況に関して、2つの視点から述べたい。

ひとつは畳外のバックグランドに関してだ。果たして金メダル奪取に対する不退転の決意はあったのか。ここで問いたいのは日本代表としての覚悟は勿論、歴代の超級代表の系譜に連なるものとしての自覚と責任の有無である。

この階級は歴代の第一人者の血と汗が染み込んだ階級である。薪谷翠が再起不能と言われた右ひざ開放性脱臼の大事故から3年がかりで這い上がり、カイロ世界選手権の畳で頂点を極め頭をかきむしって涙した階級である。競技の強化に出遅れた日本女子柔道界が世界大会参加24年目にしてアテネでようやく掴むに至った最高峰階級である。そしてこれを手放すまいと、塚田真希が圧倒的な体格と実力を誇る全盛期のトウブン打倒を志して3年計画の猛稽古を積み、北京の畳でついに勝利まであと11秒と迫り、そして涙した階級である。

4年前のあのとき、塚田は「行った」。「指導2」のリード、残りは僅か数十秒。逃げてもいい。しかし塚田は行った。決して強気とは言えない塚田でも、ここは勝負と腹を括ったら採るべきリスクを冒す覚悟と気迫があったのだ。塚田は、トウブンに負けたことにも、届かなかった金メダルに対しても、後悔は山ほどあるだろう。しかし勝負に行かずに負けた後悔に比べたらそれは遥かに小さいはずだ。そして何より、塚田がこれほど尊敬される柔道家であるのは、あの「行った」トウブン戦のラスト20秒があるからだ。少なくとも筆者はあの20秒にたどり着いた事実と、「行った」気迫をもって塚田を不世出の選手と規定する。

翻って敗退を受け入れるかのように勝負に出るリスクを避けた杉本。
北京五輪の塚田の姿を本当に見ていたのか、と言われても仕方がないだろう。

奇しくもこの日のテレビ中継解説は塚田であった。王者の襷を杉本に繋いだはずの塚田であった。
しかし現出したのは「行かなきゃ!」と叫ぶ塚田、そして画面の中で行かない杉本という、残酷な絵。お茶の間で脱力したファン、この構図に涙した愛好家も多かったのではないか。

表彰式で見せた杉本の笑顔に対して好意的な報道、ツイートが多いようだが、笑顔を見せるタイミングはその人間の底を照らし出す。杉本が背負っていたもの、杉本が自分に課したものは我々が思うよりも軽かった、杉本は周囲よりも自分を低く買っていたと考えざるを得ない。

この試合の評としてもう1点指摘しておきたいのは完全に畳内、純粋に競技のスキルに関してだ。

偽装攻撃スレスレの技で手数を積み重ねる相手と、地力に勝り試合をコントロールする自分。延長の終盤に至るまで杉本はこの構図を受け入れ続け、エマージェンシーを掛けることなく試合を終えた。

旗判定に際して、審判がその試合のコントロール権の推移を採るか、手数を採るか、「有効」に近い技の有無にプライオリティをおくか。一義的にこれは審判の裁量に委ねられる。しかしもしこの試合に関して「コントロール権は自分にあるから勝機はある」などと考えていたとしたら(試合ぶりからはそうとしか考えられないが)、それは明確に誤りである。旗など、来るわけがない。

試合をコントロールし続けた杉本には本戦で「消極的である」という判断で、やや不可解な「指導」が宣告されている。具体的には前述の3分42秒、杉本が組み勝ったまま攻撃をせずにシークエンスを終えた直後だ。

不可解な指導と書いたが、ある意味この主審はフェアだ。自分の試合評価のプライオリティは試合のコントロール権よりも手数の積み重ねである(もしくは、自分はどちらの試合者が試合をコントロールするか見極めるスキルがないという事実)とわざわざ一旦表明しておいてくれたのである。

いくら試合をコントロールしても手数を積み上げなければ、もしくは最低でも「有効」に近い技を一撃食わせなければ勝ちはありませんよ、と宣言されたにも関わらず、杉本はコントロール権の確保のみに終始して、敗退が決定的になった終盤戦に至ってもリスクを冒さなかったということになる。

勝敗決定のルールを示してもらっているにも関わらず、それを生かさない、もしくは気付けない。これは柔道というジャンルの枠を超えた、単純に競技者としてのレベルの高低の話だ。競技の最前線で長年戦ってきたトップファイターとしてはあまりにもお粗末な試合振り、そして戦術選択だったと評せざるを得ない。

畳外で作っておくべき覚悟の欠如、勝敗の基準を見誤る純競技者としての目線の低さ。

筆者は杉本の攻撃柔道を高く買うものの1人であると自認するが、この日の決勝に関しては敗戦は妥当な結果だったと評するほかはない。銀メダル獲得に至った努力と才能、そして結果に敬意を表するとともに、決勝に関しては率直に、上記の評を表明したい。



教訓を導き出せなかった上川


上川であるが、これも杉本同様、そしてこれまで敗退した選手と同じく、リスクを採るべき場面にそれを冒す決断ができなかったということに尽きる。抑え込みを食った場面の評価は差し控えるが、「有効」失陥の後に残っていた2分4秒の過ごし方については、これこそが今回の日本代表を襲った病だと指摘するほかはない。

上川は、まったく持てなかったわけではない。両襟であったり袖口であったりと不十分な組み手ではあったが、攻撃が不可能なものでは決してなかった。しかし煮え切らない試合ぶりのまま敗退決定のブザーを聞いたというのは、みなさんがご覧になった通りだ。

ここでまたひとつ考え込んでしまうのは、最終日に登場する上川は、前任の6人、女子を入れて12人の選手が勝ち、そして負けていく中でなにがしかの教訓を得られなかったのかということである。
通常であっても最終日には審判傾向や立ち向かうべき(もしくは乗るべき)大会の流れ、スケジュール消化の注意事項など初日とは比較にならない量の情報が集積されていくものだが、この中で、日本代表選手が持てる力を出し切れない原因と対策、打開しようという気構えや心構え、何がしかを学ぶことはできなかったのだろうか。

採るべきリスクが冒せない、ために結果が残らない。
ここまで12人を送り込んだにも関わらず、最後の砦の上川も同じ轍を踏んだ。攻めず、イチかバチかという冒険も冒さぬまま、むしろ冒険を冒すべきかどうかの判断すら覚束ないまま、試合は終わった。
五輪という、一生に一度の機会を持てる力の数%しか出さないまま、消費する。悔いが残らぬはずはない。

五輪において、実は初日からロケットスタート、順調に「金」を獲得し続けた大会はごくごく稀である。おそらく今後もこういう流れは十分ありうる。
出来うれば今大会、できてしまった悪い流れを代表はどう分析し、どう立ち向かおうとし、そして失敗したのか。効果的であったかどうかは関係なく、このプロセスは検証さるるべきだろう。


なぜあの攻防で穴井が?待たれる検証


ここまで金メダルゼロながら、大枠実力相応の結果は残し5階級中4階級でメダルを確保してきた男子代表。しかしエースの穴井は陥落、メダルなしという結果に終わった。

穴井のメンタルの問題は戦前から方々で指摘されていて、ために「金メダルゼロで穴井に襷が渡された場合の優勝は難しい」との予想もまた多くのファンの口に上ることになっていた。事実かどうかはわからないが、穴井のメンタルのエンストを示すエピソードもいくつか耳にした。

エースの穴井に対する評はイコール今回の日本代表の評につながる。よって穴井評は、大会終了後に総評のトピックのひとつとして取り上げようと(今のところは)考える。

なのでここでは、短く、穴井がクリパレクに抑えられた場面の評に留める。

肩固風の横崩し(横返し)、無抵抗に食うにはあまりにプリミティブな技であった。持たせること、下に入れさせること自体が、一定以上のレベルの競技者、たとえば大学柔道部員であればありえないことだと語る識者もいる。回されかけた時の攻防も淡白に過ぎ、胸さえ合わされなければどうということはないはずの場面で、二重絡みで耐えるわけでもなく、上半身を突っ張って突き放すでもなく、まるで「寝技の出来ない人」のように粛々とクリパレクが進める手順を受け入れてしまった。

なぜ固まってしまったかわからないが、この攻防の技術レベルは決して高くなかった。総合格闘技ブームを経、またブラジリアン柔術が市民権を得つつある現在、一般視聴者の目は肥えて来ている。先日から繰り返す「柔道の魅力のプレゼン」という文脈で、これら視聴者に「柔道のトップ選手というのは、この程度の技術で抑えられてしまうのか」と思われてしまったであろうことがなんとも切ない。おそらく畳外の原因ということになるのだろうが、彼らが、そして柔道側のファンが納得できる検証が待たれるところだ。


文責:古田英毅


※eJudo携帯版「e柔道」8月4日掲載記事より転載・編集しています。

ドコモ版QRコード KDDI版QRコード
 docomo版QRコード    au版QRコード


→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る


supported by KAYAC 運営会社サイトポリシー  RSS copyright (c) 2005 ejudo all rights reserved.