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【eJudo's EYE】生真面目さゆえの自壊と栄光/超リアリスト中井の成績は日本柔道のベンチマーク・ロンドン五輪第4日評

(2012年8月1日)


※eJudo携帯版「e柔道」8月1日掲載記事より転載・編集しています。

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上野順恵、生真面目さゆえの自壊と栄光

残念ながらこの日の上野の出来は酷過ぎた。率直に言って過去4年で最悪の出来である。

ケンカ四つの相手に負けを恐れて縮こまってしまい、足が出ない、技が出ない。足技で位置関係を展開できないために、狭い角度から膝つきの体落で掛け潰れ、潰れ続けることで自ら流れを失う。典型的なコインの裏、「悪いときの上野」である。
トーナメント本戦の3試合はいずれも苦手のケンカ四つが相手だったが、敗者復活戦と3位決定戦は得意のはずの相四つ。しかしやはり足が出ず、当然ながら技は散発で試合は膠着。引き手側から回り込んで相手の裏に歩き出る、得意のパターンのはずの左大外刈を見せるものの、これもことごとく手を離してしまい、取り切れない。

誤解を恐れずに言えば、これは大枠、5年前の上野の姿である。「一本」を取る技と展開力に欠けると評され、代表の椅子に座ることを許されなかった上野。巧さと強さを兼ね備えた王者に羽化する以前の、歩留まりは良いが勝負に出れない、あの頃の上野の再現である。4年間上野が積み上げてきたものは、残念ながらこの日、たった一日で崩れてしまった。

動きの重さはもちろんのことだが、とにかく全戦に渡り理由が図りかねるほど、ビビっていた。インド代表とマッチアップした1回戦の畳に上がった上野の顔面はすでに蒼白。メンタルが壊れていたのだろう。

状況の積み上げ、具体的には「指導」を積み上げて有利に試合を運ぶのが持ち味の上野が先に「指導」を失っては平常心を取り戻すのも難しい。反則宣告が極端に遅い今大会の審判傾向に助けられたが、「指導4」の反則負け相当ではと思われる試合すらあった。

先ほど、「コインの裏」と書かせて頂いたが、では「表」の上野とは何か。間違いなく誰もが09年ロッテルダム世界選手権、全戦一本勝ちで金メダルを獲得したあのパフォーマンスを挙げるであろう。全試合が得意の相四つ相手の試合であったということもあったが、この時のパフォーマンスは確かに出色、最強の名を得るにふさわしいものであった。

しかし以後、明らかに「表」のモードの大会があったかと問われると、すぐにこれを挙げられる人はなかなかいないだろう。それは正解だ。ないのである。上野の柔道は世界選手権奪取後の3年間も、どちらかというと「裏」に針が振れ続けるものであったのだ。3年間、常に課題が「ケンカ四つ対策」であり続けたあたりにそれは象徴的だ。
油断すればすぐにでも暗黒面、単なる歩留まりの良い選手に堕ちてしまいかねないその上野の柔道を世界の頂点にまで押し上げ続けていた核は技術の裏付けではなく、その桁外れのメンタルの強さであった。ここまでの3年間で現出した上野のもっとも悪いパフォーマンスが、世界選手権で2連覇して絶頂を極めた直後の2010年12月のグランドスラム東京であったことは逆説的にそれを証明している。負傷を抱えて気持ちの糸の切れていたこの試合には、暗黒面に落ち込む自らの柔道を支える術がなかったのである。

自らの芯として定着している技術的な歩留まりの良さ、これをベースに、抜群のメンタルの強さで勝負どころを見極め、相手を仕留める。体の厚みが全く違う欧州のパワーファイターを相手に拮抗を続け、僅かな隙を作らせてはそれを確実に勝利に繋げるこの信じがたいほどのメンタルタフネスこそ、上野を上野たらしめているものであった。

その、まさしくメンタルの強さを根拠に世界の頂点に君臨した上野が起こした精神崩壊。

ここで再び我々が思い知らされるのは、五輪というものの恐ろしさだ。正確に言うと「五輪」ではない。「日本人が」「五輪の」「柔道で」「代表を務める」ということに掛かる、海外選手、そして他競技の選手には想像すべくもない別次元の重圧である。絶対に負けられないというその矜持があるからこそ辛うじて日本柔道はそのレベルを保っているというのは故・柘植俊一氏の言葉だが、それを担う選手、まっすぐにこれを受け止めてしまっては、並みの神経では到底、持たない。

生真面目であるがゆえに、手を抜かないタイプの努力家であるがゆえにここまで出世してきた上野であるが、残念ながら、ゆえにまっすぐにこの桁外れの重圧を受けとめ、そして自壊した。この日の試合はこう評するしかないであろう。
一度も掛けたことがない朽木倒で二度目の五輪金メダルを獲得し、我々を「五輪を獲る選手はどこか違う」と呆れさせた破天荒なメンタルの持ち主が、上野の実姉である雅恵であるのはこの点皮肉である。

五輪という究極の場は、余計なものを削ぎ落としてその人間の柔道の本質を洗い出す。技術的に種々の積み上げがあった上野であるが、5年前の柔道に逆戻りしたと評されかねないこの日の試合を突き詰めていくと、積み上げた技術は「身になっていなかった」と評することも勿論出来るだろう。 しかし、自らの血肉になったもの、その積み上げがあったからこそ、上野は最悪の状態の中でも銅メダルを獲得し得たとも言える。
精神のバランスを崩した片輪走行であっても身を守ってくれる技術の積み上げがあったからこそ、上野は最大の武器を失っても惨敗することなく、銅メダルという結果を得ることが出来たのである。

上野はその生真面目さゆえに、もっとも大事な武器であるメンタルの強さを失った。しかしその真摯な、手を抜かない努力の成果が積み上げた技術の鎧が、彼女にメダルを獲得させた。

そう総括して、上野の五輪挑戦に対する評を終えたい。


超リアリスト中井の成績は日本柔道のベンチマーク

中井貴裕は持ち味を出して良く戦ったと言える。「日本人以上に日本的な柔道をする」優勝候補ギヘイロを相手に、試合戦術に徹して「指導2」を獲得、これを畳外に追いやった敗者復活1回戦は真骨頂であった。

しかし前掲の上野順恵評ではないが、やはり中井も、畳上で発揮できたのは100%ではなく、旨みの部分を削ぎ落とされた飴玉の芯のみ。ワールドマスターズで見せたような巻き捲くる、返し捲くるという奔放な戦いぶりではなく、斜めから接近しての小外刈に朽木倒という最大公約数の試合であった。ここに何を上積みするかが上位進出の鍵だっただけに、5位という成績はある意味妥当。ランキング通り、国際大会での序列通りの順当な結果であった。

さて、今回出色の精度のTV解説を繰り広げている金丸雄介氏の「ギヘイロのほうが良い柔道をしている。ただしこれは五輪(という勝負の場)、これで良いんです」という的を得た表現に、おや、と思われた一般スポーツファンも多いのではないだろうか。そう。柔道ファンにとっては自明であるが、中井は柔道の良し悪しではなく、「結果を残せる」という超現実主義で選出された代表なのだ。それが表彰台にあがれなかったという事実は総括として重く受け止められるべきである。中井を責めているのでは全くなく、階級全体の強化の問題だ。

柔道人口が激減している現在、五輪は社会全体に柔道の魅力をアピールできる格好のプレゼンの場。いかに勝つべきか、いかに手駒の良さを引き出していくかという現実的な戦略、戦術は当然重視されるべきだが、その方向性を規定する大局を忘れてはならない。長距離射程に据えるべき、日本が生み出す理想の選手は、しっかり組んで、美しい投技で「一本」を取れる選手。これがしっかり育成できているときに、その壁を乗り越えて頭角を現す中井タイプのリアリストが、世界の頂点に手が届くレベルに達するというものだ。超リアリストゆえに変形柔道を志向する中井がメダルに届かなかったのは、中井の柔道の良し悪しではない。中井が乗り越えてくるべき正統派選手の壁が、世界水準に達していないということなのである。「柔道は良かったけど、負けた」「パワーに対抗できなかった」「掛け逃げに屈した」、ある時期定型として使用された質的な言い訳がきかない、リアリスト中井の起用による5位という成績。日本柔道はその位置を、真摯に噛み締めねばならない。


「鉄板」候補2人目の金メダリストはキム・ジェブン

81kg級で金メダルを獲得したキム・ジェブン(韓国)の強さは際立っていた。 選手の入れ替わりの激しいはずのこの階級にあってキムは10年東京世界選手権、パリ世界選手権を連覇している強者。
当然今大会はすべての選手にターゲットとして狙われる。優勝候補が勝てないこの大会全体の状況の中でそれでもキムはしっかり勝ちあがり、「死んだふり」枠の北京五輪覇者・ビショフ(ドイツ)を破って悲願の五輪初制覇を成し遂げた。今大会では57kg級の松本薫に続く2人目の、「本命」の優勝である。

研究された以上のものがないと勝てない、厳しくその上積みが問われる今回大会においてキムははっきり強くなっていた。

東京世界選手権時にはパワーを利した圧殺組み手、振り回し組み手に終始。力はあるが技はない、組み手は強いが粗すぎる、という選手だったが、組み手のバリエーションははるかに増し、組み手と連動させることで技の取り味も格段にあがった。もともと「組み手で勝つ」ことを志向してきた選手だけにその多彩さ、練度とオートマティズム、相手の対応をトリガーとしての次のシナリオ発動の早さは群を抜く。ビショフも組み手で相手を嵌めることでそのパワーを生かして勝ち上がってきた選手だが、一瞬考える間にオートマチックに次の手を繰り出すキムの組み手の強さと速さについていけなかった面がある。

言語化しにくい部分で研究の上を行った松本と違い、キムは技術と地力の上積みで、過去の自分を超えて見せた。ある意味まっとうな勝ち方だ。 世界選手権に毎年皆勤で勝ちを重ね、同時に技術の練度を上げてきたキム。一方「死んだふり」で出場試合を絞って3年休み、この五輪に競技人生のスケジュールをあわせてきたビショフ。「進化」と「調整」、「熟成」と「熟慮」、この構図にキムが勝利した決勝だったと評することも可能な一番だった。


文責:古田英毅


※eJudo携帯版「e柔道」8月1日掲載記事より転載・編集しています。

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