
柔道史年表
柔道は1882年嘉納治五郎師範によって創始されました。
嘉納師範は旧来の柔術各流派の優れた部分を集め危険なところを除いて研究を重
ね、教育的な視点を盛り込み「講道館柔道」を作り上げたのです。
ここでは、柔道発展の歴史を「講道館・連盟」「大会」「ルール・審判規定」
「国際化」「女子」「形・教則」「教育」と色分けして年表に収めました。
また各時代の雰囲気を伝えるため、その時代を代表する選手(柔道家)を添えてみました。
西
暦 |
元
号 |
事項 (講道館・連盟)(大会)(ルール・審判規定)(国際化)(女子) (形・教則)(教育) | 主な柔道家・選手 |
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1860 |
万延元年 |
嘉納治五郎、兵庫県御影町に生まれる。 | ||||||||||||||||||
1877 |
明治10年 |
嘉納治五郎、天神真揚流の修行を開始。東京大学に入学する。 | ||||||||||||||||||
1879 |
明治12年 |
アメリカ第18代大統領グラント来日の際、嘉納治五郎が柔術を紹介する | ||||||||||||||||||
1881 |
明治14年 |
嘉納治五郎、飯久保恒年について起倒流の修行を開始。 | ||||||||||||||||||
1882 |
明治15年 |
嘉納治五郎、講道館柔道を創始する。最初の入門者は富田常次郎。 道場は下谷町永昌寺。12畳。 | 西 郷 四 郎 |
富 田 常 次 郎 |
講 道 館 四 天 王 |
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1883 |
明治16年 |
道場が麹町上二番町にうつる。20畳。講道館という名前が定まる。 富田、西郷が最初の初段となる。 |
山 下 義 韶 |
横 山 作 次 郎 |
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1884 |
明治17年 |
講道館の元旦式・鏡開式・寒稽古・月次試合・紅白試合が定められる。この頃から1887年にかけて投の形・固の形の原型ができる。 | ||||||||||||||||||
1885 |
明治18年 |
三島通庸の呼びかけで行われた警視庁武術大会で柔道が諸流柔術に圧勝する。 | ||||||||||||||||||
1886 |
明治19年 |
講道館が富士見町の品川弥次郎邸に移る。40畳。 | ||||||||||||||||||
1887 |
明治20年 |
海軍兵学校に柔道科が設置される。慶応大、東京大でも講道館柔道が始められる。柔の形・剛の形・五の形が制定される。 | ||||||||||||||||||
1888 |
明治21年 |
警視庁武術大会で戸塚派楊心流に圧勝する。 | ||||||||||||||||||
1889 |
明治22年 |
本郷区真砂町の陸軍施設を借り受け、70畳の道場を得る。上二番町に講道館麹町分場が出来る。嘉納治五郎、宮内省御用掛として一年間欧州に派遣され柔道を紹介。(その後、1938年までに12回に渡り外遊し、欧米諸国、清国などを歴訪し柔道を紹介。) | ||||||||||||||||||
1891 |
明治24年 |
講道館再び上二番町に移る。 | 磯 貝 一 |
飯 塚 国 三 郎 |
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1893 |
明治26年 |
講道館に初の外国人である英国人エイチ・エム・ヒューズ大尉が入門する。 | 永 岡 秀 一 |
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1894 |
明治27年 |
講道館が下富坂町に移る。100余畳敷の道場を新築。 | ||||||||||||||||||
1895 |
明治28年 |
大日本武徳会創設される。五教の技が制定される。 | 前 田 光 世 |
佐 村 嘉 一 郎 |
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1899 |
明治32年 |
武徳会柔術試合審判規定が制定される。 | ||||||||||||||||||
1900 |
明治33年 |
講道館柔道乱捕試合審判規定が定められる。 | 三 船 久 蔵 |
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1902 |
明治35年 |
山下義韶渡米(〜1907)する。渡米中、ルーズベルト大統領に柔道を教授する。 | ||||||||||||||||||
1907 |
明治40年 |
下富坂町に207畳の大道場が完成。旧道場は大塚坂下町に移築され開運坂道場となる。この年、剣道・柔道が中等学校の正科となる。大日本武徳会が投の形・固の形を制定する。 | 高 橋 数 良 |
中 野 正 三 |
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1909 |
明治42年 |
講道館が財団法人になる。本部は大塚坂下町の嘉納邸、下富坂道場が講道館第一道場、開運坂道場が講道館第二道場となる。嘉納治五郎がアジアで初めて国際オリンピック委員となる。 | 徳 三 宝 |
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1911 |
明治44年 |
嘉納治五郎、日本体育協会を設立し初代会長に就任する。 | ||||||||||||||||||
1912 |
大正元年 |
武術専門学校が設置される。(1919年武道専門学校に改称) | ||||||||||||||||||
1913 |
大正2年 |
東京高等師範学校体育科に武道専攻科が作られ、文部省が指導者養成にあたる。 | ||||||||||||||||||
1914 |
大正3年 |
高専柔道大会始まる(〜1942)。 | ||||||||||||||||||
1920 |
大正9年 |
講道館段級規定発表される。 | ||||||||||||||||||
1924 |
大正13年 |
明治神宮国民体育大会・柔道大会始まる(〜1944)。精力善用国民体育が考案される。 | 小 谷 澄 之 |
牛 島 辰 熊 |
桜 庭 武 |
佐 藤 金 之 助 |
工 藤 一 三 |
須 藤 金 作 |
笠 原 厳 夫 |
古 沢 勘 兵 衛 |
栗 原 民 雄 |
曽 根 幸 蔵 |
柔 道 十 傑 |
宇 土 虎 雄 |
神 田 久 太 郎 |
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1926 |
昭和元年 |
講道館女子部発足する。 | 山 本 秀 雄 |
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1929 |
昭和4年 |
御大礼記念天覧武道大会開催される。同大会柔道乱捕試合規定で、審判員三人制と「優勢勝ち」(姿勢・態度・技術等も審判基準に含む)が採用される。 | ||||||||||||||||||
1930 |
昭和6年 |
全日本柔道選士権大会始まる(〜1941)。 | ||||||||||||||||||
1931 |
昭和7年 |
柔・剣道が中学、師範学校に必修科として採用される。全国中等学校柔道争覇戦が開催される。 | ||||||||||||||||||
1933 |
昭和8年 |
510畳の大道場を備えた講道館水道橋道場が完成。講道館本部が置かれる。小崎甲子、最初の女子初段となる。 | ||||||||||||||||||
1934 |
昭和9年 |
皇太子殿下御誕生奉祝天覧武道大会開催。 | ||||||||||||||||||
1938 |
昭和13年 |
嘉納治五郎、IOC総会にて東京オリンピック招致を決定後、帰国途上で永眠。享年77歳。南郷次郎が二代目講道館長に就任。 | ||||||||||||||||||
1940 |
昭和15年 |
皇紀二千六百年奉祝天覧武道大会・紀元二千六百年奉祝橿原神宮奉納武道大会開催される。 | 木 村 政 彦 |
松 本 安 市 |
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1941 |
昭和16年 |
柔道が小学校5年以上の必修教材となる。 | 大 澤 慶 巳 |
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1943 |
昭和18年 |
第一回フランス柔道選手権大会開催。女子柔道護身法が制定される。 | ||||||||||||||||||
1945 |
昭和20年 |
敗戦に伴い、学校における柔道が禁止される。 | ||||||||||||||||||
1946 |
昭和21年 |
大日本武徳会が正式解散する。嘉納履正、三代目講道館館長となる。 | 石 川 隆 彦 |
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1948 |
昭和23年 |
ロンドンで欧州柔道連盟が結成される。全日本柔道選手権大会が開催される(〜現在)。 | 醍 醐 敏 郎 |
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1949 |
昭和24年 |
全日本柔道連盟が誕生する。 | 吉 松 義 彦 |
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1950 |
昭和25年 |
体育教材として柔道が再び認められる。 | 曽 根 康 治 |
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1951 |
昭和26年 |
ヨーロッパ柔道連盟が組織替えし、国際柔道連盟が発足。加盟国18ヶ国。第一回ヨーロッパ選手権開催。全日本学生柔道連盟発足。全国高等学校体育連盟に柔道部発足。講道館柔道試合審判規定制定。 | 夏 井 昇 吉 |
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1952 |
昭和27年 |
全柔連が国際柔道連盟に加盟。同時に嘉納履正講道館長が国際柔道連盟会長に就任。第1回全国高等学校柔道大会(インターハイ)開催される(〜現在)。 | ||||||||||||||||||
1955 |
昭和30年 |
講道館柔道試合審判規定改正(技あり後の「抑え込み」25秒等が定められる)。 | ||||||||||||||||||
1956 |
昭和31年 |
第1回世界柔道選手権が開催される(〜現在)。講道館護身術が制定される。 | 神 永 昭 夫 |
ヘ | シ ン ク |
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1958 |
昭和33年 |
講道館が文京区春日町に移転する。 | 猪 熊 功 |
中 谷 雄 英 |
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1960 |
昭和35年 |
IOC総会で柔道がオリンピック正式種目となる。 | ||||||||||||||||||
1961 |
昭和36年 |
IJFが体重別試合の採用を決定する。4階級制。 | 岡 野 功 |
村 井 正 芳 |
重 岡 孝 文 |
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1963 |
昭和38年 |
東京国際スポーツ大会(プレオリンピック)柔道競技開催される。体重別制採用。 | 湊 谷 弘 |
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1964 |
昭和39年 |
オリンピック東京大会柔道競技開催される。第1回欧州学生柔道大会開催される。 | 松 阪 猛 |
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1966 |
昭和41年 |
世界大学柔道選手権大会開催される。第1回全日本選抜柔道体重別選手権大会開催される。 | ル ス カ |
佐 藤 宣 践 |
川 口 孝 夫 |
園 田 勇 |
園 田 義 男 |
笹 原 富 美 雄 |
篠 巻 政 利 |
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1967 |
昭和42年 |
IJF試合審判規定が制定される・IJF体重6階級となる。 | 野 村 豊 和 |
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1968 |
昭和43年 |
オリンピックメキシコ大会開催される。柔道競技は採用されず。 | ||||||||||||||||||
1969 |
昭和44年 |
ユニバーシアード東京大会柔道競技開催される。 | 二 宮 和 弘 |
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1970 |
昭和45年 |
全日本新人体重別選手権開催される(1992年から全日本ジュニア選手権)。全国中学校大会開催される(〜現在)。 | 高 木 長 之 助 |
遠 藤 純 男 |
上 村 春 樹 |
藤 井 省 太 |
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1972 |
昭和47年 |
オリンピックミュンヘン大会柔道競技開催される。 | 四 強 |
松 井 勲 |
南 喜 陽 |
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1974 |
昭和49年 |
世界ジュニア柔道選手権大会開催される(〜現在)。 | 山 下 泰 裕 |
tai | ||||||||||||||||
1976 |
昭和51年 |
オリンピックモントリオール大会柔道競技開催される。同大会にて「効果」が採用される。第一回講道館杯開催される。 | ||||||||||||||||||
1977 |
昭和52年 |
IJF体重別制、8階級制となる。 | 香 月 清 人 |
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1978 |
昭和53年 |
全日本女子選抜体重別選手権大会開始される。嘉納治五郎杯国際柔道大会開催される。 | 柏 崎 克 彦 |
森 脇 保 彦 |
山 口 香 |
ベ ル グ マ ン ス |
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1979 |
昭和54年 |
全国高等学校柔道選手権大会開始される(〜現在)。 | 松 岡 義 之 |
中 西 英 敏 |
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1980 |
昭和55年 |
嘉納行光、四代目講道館館長となる。オリンピックモスクワ大会柔道競技開催される。世界女子柔道選手権大会開催される。 | 斉 藤 仁 |
日 蔭 暢 年 |
細
川 伸 二
|
ブ リ ッ グ ス |
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1982 |
昭和57年 |
「講道館試合審判規定・少年規定」が制定される。 | 山
本 洋 祐 |
サ イ ゼ ン バ ッ ハ |
デ ィ デ ィ エ |
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1983 |
昭和58年 |
全日本柔道連盟と全日本学生柔道連盟の対立問題が勃発する。福岡国際女子柔道選手権大会開催される。 | 正 木 嘉 美 |
野 瀬 清 喜 |
江 崎 史 子 |
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1984 |
昭和59年 |
講道館国際柔道センターが完成する。オリンピックロサンゼルス大会柔道競技開催される。山下泰裕六段が国民栄誉賞を受賞する。 | 高 鳳 蓮 |
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1985 |
昭和60年 |
ユニバーシアード神戸大会柔道競技開催される。 | 岡
田 弘 隆
|
須 貝 等 |
田 辺 陽 子 |
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1986 |
昭和61年 |
学柔連問題が妥結をみる。新たに日本学生柔道連盟が設立され、全日本柔道連盟は財団法人となる。 | 越
野 忠 則
|
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1988 |
昭和63年 |
オリンピックソウル大会柔道競技開催される。同大会で五輪無差別級廃止。女子公開競技開催。 | 古 賀 稔 彦 |
レ ジ ェ ン |
レ ン ド ル |
田 村 (谷) 亮 子 |
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1989 |
平成2年 |
中学高校における柔道授業の運動領域名を「格技」から「武道」とすることが定められる。 | 小 川 直 也 |
ク ベ ル マ ル ツ |
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1992 |
平成4年 |
オリンピックバルセロナ大会柔道競技開催される。同大会で女子柔道が五輪正式種目に採用される。 | 金 野 潤 |
吉 田 秀 彦 |
中 村 佳 央 |
中 村 行 成 |
ナ ツ ラ |
全
己 盈 |
ゴ ン ザ レ ス |
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1994 |
平成6年 |
ワールドカップ開催される。 | 秀 島 大 介 |
ド ゥ イ エ |
レ ス ト | |
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1995 |
平成7年 |
講道館大阪国際柔道センター(講道館大阪支部)落成。 | 篠 原 信 一 |
園 田 隆 二 |
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1996 |
平成8年 |
オリンピックアトランタ大会柔道競技開催される。 | 中 村 兼 三 |
野 村 忠 宏 |
ケ | ・ ス ン ヒ |
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1997 |
平成10年 |
全日本柔道形競技大会開始される。IJF総会でカラー柔道衣の導入が可決される。 | ||||||||||||||||||
1998 |
平成11年 |
IJF体重制区分変更される(〜現在)。抑え込みのポイント規定改正される(25秒で一本、以下5秒間隔)。 | 阿 武 教 子 |
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1999 |
平成12年 |
バーミンガム世界選手権から、女子の黒帯から白線がなくなる。 | 井 上 康 生 |
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2000 |
平成13年 |
オリンピックシドニー大会柔道競技開催される。同大会重量級決勝で篠原の内股すかしの判定をめぐり誤審論議起こる。 | ||||||||||||||||||
2003 |
平成15年 |
IJF試合審判規定においてゴールデンスコア方式が制定される。 | ||||||||||||||||||
2004 |
平成16年 |
オリンピックアテネ大会柔道競技開催される。 | ||||||||||||||||||
参考文献
「柔道大事典」(アテネ書房)
「決定版講道館柔道」(講談社)
「和英対照柔道用語小事典」(講道館)
「琥珀の技・三船十段物語」(文芸春秋)
※「主な選手」欄はその時代の雰囲気を伝えるために、当時を代表すると思われる柔道家・選手を選んで載せています。
掲載基準、活躍年代など厳密なものではありません。